穏やかな日差しを浴びながら、ルークは一冊の本に目を通していた。
それは、古代イスパニア語で書かれた有名な童話だ。
ジェイド曰わく、学ぶにはまず内容が分かっているものを読むのがいいでしょうとのことだが、あいにく慣れない文字と日差しの暖かさにより中身はほとんど頭に入ってこない。
必死になって欠伸をかみ殺してはみるが、日頃の戦闘による疲れも相俟ってやがて夢の中へと堕ちていった。
ほぼ頭上にあった日がだいぶ傾いきたころ、ルークは目を覚ました。
今日中に読むように言われたページの半分も目を通していないことに慌て、再び本を手にしたが。視界に飛び込んできたものに思わず本を取り落としてしまった。
「………アッシュ!?」
ルークが見たのは、確かにアッシュだ。だが。
「どうした、レプリカ。俺は先を急いでいる。用があるなら手短に言え」
そう言って偉そうにふんぞり返るアッシュの頭上では真っ白な兎の耳がピコピコと動いていた。
有り得ない光景に固まるルークに、アッシュは苛々と眉間の皺を深める。
「…用がないなら行くぞ」
「え…あ、ちょ、待てよ!!」
慌てて声をかけたが、アッシュは既に走り出していて止まろうとしない。
ルークも気がついたらアッシュを追うように走っていた。
「アッシュ!待てってば!!」
聞こえているはずなのに立ち止まる気配がなくて苛立つ。
ぜってー追いついてやる!
そう決意すると、先程まで前方を走っていたはずのアッシュの後ろ姿が、まるで始めからなかったかのように消えてしまった。
え、と思った瞬間、今度は今まで走っていたはずの地面にぽっかりと穴が開いた。
地面がなければ、当然落下するしか道はなく。
「えぇぇぇ!!!?」
真っ逆さまに堕ちながら、こうなったら何が何でもアッシュに追いついて捕まえてやる、と固く誓ったのだった。
衝撃と共に、落下は終わりを告げた。
おそらくは底に着いたのだろう。
強く打ちつけた腰をさすりながら躯を起こし、眼前に広がる光景にルークは硬直した。
そこは、真っ白い部屋だった。
いや、部屋という表現はあまり正しくないかもしれない。
白く塗られた壁や床。何一つ物は置いていない。
そこはまさしく箱の中、といった感じだ。
「……俺、上から墜ちてきたんだよな?」
見上げてはみるが、そこにはやはり真っ白い天井。
「どっから入って来たんだよ、俺……」
呆然と呟くが答える声などない。
ジェイドあたりならすぐに打開策を思いつきそうだが、生憎今はルーク一人しかいない。
人に頼らずに自分でなんとかしないと。
ルークは部屋をぐるりと見渡し、ふと部屋の片隅に小さな扉があることに気がついた。
それはとても小さく、頭くらいなら出すことはできるだろうが確実に肩で引っかかってしまうほどの大きさだ。
「さて、どうすっかなぁ」
そして再び部屋を見回し……先程までルークがいたところに何かバスケットのような物が置いてあるのを見つける。
「さっきあんなのあったか?」
不審に思いつつも近寄り蓋を開けば、そこには香ばしいクッキーが入っていた。
空腹も手伝って、こんがり焼き目のついたクッキーは確かに美味しそうだ。
だが。
「…………なんで、師匠の顔?」
一枚を手に取りまじまじと見つめるが、口にすることなくバスケットの中に戻す。
クッキーに添えられていたカードを見れば、そこには『Eat Me』の文字。
「………………。読めねぇし、なんか食っちゃいけない気がする」
だから、見なかったことにしよう。
パタンとバスケットの蓋を閉じ、再び小さな扉に向き合った。
試しに扉を開いて外を見れば、そこには何故か森が広がっていた。
先程まで街中を走っていたにも関わらず。
つか、本当に此処は何処なんだよ!
ルークの心の叫びに返ってくる声は、当然ない。
くっそー、と小さく吐き捨てつつも外の景色をよく観察すると、走り去るアッシュの小さな背中を見つけた。
相変わらずその頭には、白いふわふわの兎の耳。
「あ、ちょ、アッシュ!!待てってば!!」
慌てて声を上げるも先程と同様にアッシュは気づく様子はない。
「待てって言ってるだろ!………くらえ!魔神拳!!!」
どこぉっ 。
「………。よし」
うっかりとっさに魔神拳など使ってしまったものの、まあ外に出られるし結果オーライ?と破壊した壁の前で自分に言い訳をしてから、アッシュを追いかけるべくルークは走りだした。
アッシュを捕まえて何をする、という目的は特にないけれど。
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前半は2ヵ月ほど前に書いてたんですが、試しに続きを書いてみたらすんなりと書けましたよ。
せっかくなので、こちらでも掲載☆
ちなみに他キャスト
チェシャ猫→ガイ
帽子屋→陛下
三月ウサギ→ジェイド
眠りネズミ→ディストとフリングスのどっちが良いですかね?
女王とか青虫とか悩み中です。
意識が、混濁する。
ああ、マズい。駄目だ、このまま眠ってしまったら。
そう思うのに、瞼はゆっくりと下りていき。
意識が闇に呑まれ―――――
ゴッ。
「痛って―――!!」
―――呑まれる前に、鈍い音と共に後頭部への激しい衝撃。
それはもう、痛いとかいうレベルではない。
一瞬、穏やかな清流と蝶の舞う花畑が見えた程だ。
兄以外に考える事の出来ない犯人を見上げれば、彼は何時もよりも3割増で眉間に皺を寄せ、凶器であろう分厚い辞書を片手に此方を見下ろしていた。
「何すんだよ、アッシュ!!」
「来週のテストがヤバいと言って泣きついてきたのは貴様だろう、この屑。だったら寝るな。」
一刀両断。
まさしくその通りなので、返す言葉も無い。
「俺だって暇じゃないんだ。付き合ってやってるだけでも有り難く思え」
そう言って、再び辞書でルークの後頭部を叩くアッシュ。
流石に何度もやられては、たまったもんじゃない。
「ちょっ!何度も角で殴らなくったって良いだろ!?これ以上馬鹿になったらどうすんだよ!!」
「なんだ、自覚はあったのか。安心しろ、お前の頭じゃこれ以上馬鹿になりようがない」
「なんだよソレ!」
「事実だ」
本日何度目かの応酬。
ああ、だめだ。キリがない。
こんな事で時間を無駄にするわけにはいかないのに。………さっき寝そうになったのは置いといて。
「……もう少し、優しく教えてくれたって良いじゃねーか。俺だって苦手な勉強頑張ってるんだしさ」
少し唇を尖らせて恨めしげに見上げれば、深々と…それはもう肺の中の空気を出し切るほどに深く息を吐くアッシュ。
「…まずはこれとこの公式を完璧に覚えろ。応用と、テストに出やすい問題の形式はそれからだ」
教科書に書かれた公式を指しながら、反対の手でポンポンと頭を叩かれた。
そのままくしゃりと髪を撫でる大きな掌は、少し乱暴な言葉とは異なり優しさに満ちていて。
自然とルークの顔は笑みでふにゃりと崩れる。
――まだちょっとだけ眠いけど、大丈夫。頑張れる。
「……俺と同じ顔で気色悪い顔をするんじゃねぇ」
「な、なんだよ、気色悪いって!ちょっと笑っただけじゃんかよ!」
「それがヘラヘラと情けないと言っているんだ。本当にお前は俺と同じDNAなのか?」
「んなの俺が訊きてえっつーの!!」
この兄は自分と比べ何かとつけて優秀で、本当に自分と同じ遺伝子を持って生まれてきたのかと疑ってしまう。
しかしその才能は生まれ持ったものよりも彼の努力によるものが大きい事を理解しているルークは、自分も兄のように成りたいと努力をしているのだ。
昔は兄と比べ自分を卑下し、何もしようとしなかったルークにアッシュもどこか冷たい態度を取っていたが、最近、何かと一生懸命なルークに思うところがあるのだろう、態度が緩和されてきた気がする。
「……で?何がそんなに可笑しい?」
どことなく、呆れたようにアッシュは訊ねた。
「いや、なんだかんだ言って、アッシュは優しいなぁって思って」
「なっ!?」
途端、眉間へと更に皺を寄せ、視線を逸らされた。
一見怒っているかのようだが、ルークは知っている。これは彼が照れている時の態度だという事を。
だてに17年、弟をやってるだけはある。
こんなやり取りを繰り広げるのが、なんだか嬉しくて仕方がない。
「――見てろよアッシュ!今にお前の事、追い抜いてやるからな!!」
ビシッとアッシュを指差し宣言するルークと。
「やれるモンならやってみやがれ」
不敵に笑ってみせるアッシュ。
ファブレ家の双子の、日常の1コマ―――
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1ヵ月近く前に打ってたアビスの現代パロ。
最後、収集がつかなくて無理矢理終了。
この二人には幸せになって欲しかった川崎としては、現代パロだろうがED後捏造パロだろうが、こいつらが喧嘩しながら仲良く暮らしてれば良いと思う。
夜の帳が降り。
寝静まった屋敷の中を、ガイは人目を忍び目的の部屋へと向かう。
いつものように窓に手をかけ、いつものように音を立てずに窓を開け。
わずかな隙間から体を滑り込ませ部屋に入れば、いつも通り、彼は深い眠りの中にいた。
白いシーツの海に紅い髪を散らし夢に漂う彼の姿を、窓から差し込む月明かりだけが照らす。
「…ルーク」
口から滑り出た言葉は、彼の耳に入ることはなく、ただ闇に飲まれていった。
ガイはゆったりとした動作でルークの側に寄り、そっとベッドに腰を掛ける。柔らかなベッドがギシリと音を立てた。
かすかに覗く白い首筋に指を這わせるが、それでもルークが夢から覚めることはないことを、ガイは知っている。
耳元に唇を寄せて、低く囁くのはいつも同じ台詞。
「起きろ、ルーク」
起きて欲しいと願いながら。
起きて欲しくないと祈りながら。
「さもないと……」
このまま指に力を込めれば、簡単に彼の体は冷たくなっていくのだろう。
そう思えば僅かに手に力が入るのを感じるが、それは決してルークの命を奪えるほどではなく直ぐに力は抜けていく。
安心しきった寝顔に、始めから無いに等しい殺意が霧散するのが分かる。
毎夜の如く繰り返されるこの行為。
何度も彼をこの手にかけようとし、しかし結局は彼の命を奪うことなどできない。
そして、いつものようにガイはルークの私室を去って行った。
カタッと窓の閉まる小さな音。
ガイの気配が完全に消えたのを確認し、ルークはゆっくりとその眼を開く。
首だけを動かし碧の双眸を窓に向ければ、刃物のように細く鋭利な月が見下ろしていた。
切り取られた世界。
籠の中の彼が知る、数少ない世界。
「……バーカ」
掠れたその言葉は、言葉自身も、言葉に込められた意味も、向けられた相手には決して届きはしない。
毎夜の如く繰り返される戯曲。
ただ、月だけが嘲笑って見下ろす。
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ガイ様、寝込みを襲う(は?)
いや、ガイの「復讐」発言に、アビスではガイが裏切るのね!?と思ったのは私だけではないハズ。
あと、ガイの本名を知った時に、いつかこのネタでSSS書きたいと思ってたので、アビス2周目に突入した勢いで書いてみました。